トレヴィーゾ便り#14「イタリア流 新生活の整え方 〜引っ越しからはじまる暮らしのデザイン〜」
みなさん、こんにちは。トレヴィーゾ在住のミナミです。
もうすぐ春。日本では卒業や入学、転勤が重なり、街に真新しいスーツや制服姿が溢れる「新生活」シーズンの到来です。
一方、イタリアの新学期は9月ですが、実は引っ越しのピークは日本と同じく春です。
6月からはじまる長い夏休みを前に、春のうちに新生活の準備を済ませておくのがイタリア流のスタイル。
今回は、日本との違いを交えながら、イタリアでの新生活の整え方をご紹介します。
昨年5月に我が家が経験した引っ越しの実体験や写真を通し、イタリアらしい住まいとの付き合い方をお届けします。
【賃貸なら】「家具付き」で物語のつづきをはじめる

イタリアで家探しをはじめてまず驚くのが、多くの賃貸物件が「家具付き(arredato)」であることです。
大きな家具が置いてあるだけでなく、小物や絵が壁にかかったままの物件も珍しくありません。
日本では、ガランとした空っぽのお部屋に一からお気に入りを揃えるのが醍醐味ですよね。

でも、イタリアではベッドやクローゼット、ダイニングセット、さらにはソファからキッチン一式まで、「今すぐ生活が送れる状態」で鍵を渡されるのが一般的。
備え付けのアンティークやインテリアを自分らしくどう活かすかを考える楽しみからはじまります。
もちろん、お気に入りの持ち込み家具を使いたい方や、空間を自由にレイアウトしたい方向けに、半家具付き(parzialmente arredato)や家具なし(non arredato)という選択肢もあります。
ただ、そうした物件でも、キッチンまわりは「今すぐ使える状態」になっているのがイタリア流。
冷蔵庫、オーブン、食洗機、収納棚・・・、すべて、はじめからそこにあります。
食を愛する国ならではの、なんともチャーミングなこだわりだと思いませんか?
【購入なら】完成度より「環境、空間」を買う

実は我が家も、マイホームの購入という大きな決断をし、昨年5月に新しい家へと引っ越しをしました。
新居となったこの家を購入した決め手は、バルコニーから見える美しい街路樹でした。
都会の利便性を享受しながらも、四季の移り変わりを感じられること。
イタリアでは、お部屋のスペック以上に、こうした替えのきかない環境や空間に大きな価値が置かれます。
イタリアの不動産において興味深いのは、物件そのものが持つ資産価値の捉え方です。
日本では、土地の価値は維持されても、建物の価値は築年数とともに下がっていくのが一般的。
でもイタリアでは、古い建物でも適切に手入れをすれば価値が維持、あるいは上昇し続ける確実な投資先と考えられています。
実際にミラノ市内では、物件価格(建物と土地の権利を含む総額)がこの10年で2倍以上に跳ね上がりました。
市場に並ぶ物件は、主に以下の3つ。
- リフォーム済みの中古物件
- これからリフォームする前提の物件
- ごくまれに出会える新築物件
もちろん、物件の立地や状態によって価格帯は大きく異なります。

築100年を超える建物が当たり前に現役なのも、イタリアならでは。
一気に完成させるのではなく、DIYで少しずつ手を加えながら住み継いでいく。
そんな、家に家族の歴史を刻んでいくプロセスそのものが、こちらでの豊かな暮らしの象徴なのです。
イタリア流・住まいの「交渉術」

賃貸でも購入でも、イタリアの住まい探しで覚えておきたいのが、「表示されている条件がすべてではない」ということ。
日本では「規約ですから」のひと言で終わるようなことも、イタリアでは交渉しだいで驚くほど柔軟に変わります。
たとえば、こんなリクエストが意外とあっさり通ることも。
- 不要な家具を撤去してほしい
- 生活に必要な家具を追加してほしい
- 家賃や契約期間を少し調整したい
特に個人オーナーの場合、何より重視されるのは「この人に大切に住んでほしい」という信頼関係。
マニュアル通りの完璧さより、「人と人との相性」で条件が決まっていくのがイタリア流の面白さです。
もちろんすべてが叶うわけではありませんが、まずは話してみる価値があります。

我が家も物件を購入するとき、「キッチン一式・クローゼット・リビングの照明」を残してもらうよう直接交渉しました。
賃貸は家具付きが主流ですが、家を売却するときはお部屋を「空っぽ」にして引き渡すのが基本のルールです。
でも、備え付けのオーダー家具は、外すと別の場所では使えないうえ、撤去費用もかさみます。
そのまま使うことは、買い手にとっても売り手にとっても「ハッピーな選択」になるケースがほとんどです。
壁紙がない?イタリアの家は「塗り壁」が基本

日本の住まいで一般的な「壁紙(クロス)」ですが、イタリアではほとんど見かけません。
主流は「イントナコ(intonaco)」と呼ばれる塗り壁。
しっとりとマットな質感が、特有の落ち着いた空間を生み出します。
驚くのはその厚み。
外壁も内壁もしっかりとした厚みがあるため断熱性に優れ、冬はあたたかく、夏は涼しく過ごせるのが特徴です。
この壁のメンテナンスには、イタリアらしい合理的なルールがあります。
- 賃貸の場合
退去時に、オーナーまたは前住人が借りたときと同じ状態にペンキを塗り替えるのが基本。
壁に開けた穴なども、このときにキレイに埋めて元通りにします。 - 購入の場合
前住人の状態のまま引き渡されるのが一般的です。
そのため、入居前に自分たちで、あるいは職人に依頼して、好きな色に塗り替えたりタイルを張り替えたりすることから新生活がスタートします。
3年〜5年に一度は塗り替えるのが、壁を美しく保つ秘訣といわれるイタリア。
自分たちの手で色を塗り重ね、家をアップデートしていく作業も、こちらでの暮らしの楽しみのひとつです。
家具を新調しない。リサイクルが当たり前の感覚

イタリアで引っ越しを経験して驚いたのは、「家具を新調しない」という選択が、ごく普通だということです。
前の家から運び出した家具はもちろん、親戚から譲り受けたもの、知人の不要品を引き取ることもしばしば。
我が家の家具も、前の家へ引っ越したときに中古で購入したものを大切に使い続けています。
引っ越しのときは一度解体し、また正しく組み立てられるよう、パーツにシールで印をつけて運びました。

もちろん、すべてが中古というわけではありません。
今回、私はリビングのソファとキッチンの照明だけはこだわって新調しました。
新旧が混ざり合った空間は、たとえ統一感はなくても、「自分の歴史」と「今のこだわり」が共鳴し合い、不思議と心が落ち着きます。
新生活は「完璧を目指さない」ところからはじまる

イタリアでの新生活で学んだのは、「最初から完璧を目指さなくていい」ということ。
日本のように、注文したものが翌日に届くスムーズなシステムはここにはありません。
引っ越し直後の我が家もそうでしたが、イタリアの新生活が未完成のまま幕を開けるのは、よくあることです。
- 照明が仮のまま
- カーテンがない
- 壁の色が自分好みではない
- 家具・家電が揃っていない
- 予定通りに商品が配達されない
それでも、イタリアの人々は「とりあえず住みはじめる」ことを優先します。
不便さを楽しみながら、生活の中で本当に必要なもの、心から惹かれるものを少しずつ足していくのが彼らのスタイルです。
週末に蚤の市をのぞいたり、近所の家具屋さんに立ち寄ったり、SNSで理想のインテリアを気長に探したり……。
一気に揃えるのではなく、じっくりと運命の出会いを待つ時間こそが、新生活の醍醐味といえるのではないでしょうか。
引っ越しは暮らし方を見直すチャンス

イタリアでの引っ越しは、決して効率的でスピーディーなものではありません。
手続きが遅れたり、約束の時間に業者が来なかったりと、思わぬハプニングは日常茶飯事です。
それでも、段ボールに囲まれた新しい部屋でコーヒーを淹れ、「まあ、これもイタリアらしいね」と笑えるようになったとき、新生活は少しずつ自分のものになっていきます。
引っ越しは、単に場所を移すだけでなく、自分の暮らし方や価値観を見つめ直す絶好の機会です。
イタリア風新生活の整え方は、そんな余白を楽しむことからはじまるのかもしれません。
これから新しい環境での一歩を踏み出すみなさんにとって、このイタリア流のゆったりとした構え方が、心地よい暮らしをつくるヒントになれば幸いです。